ニューオーリンズ: 6/22-23

性懲りもなく、米国滞在日記を再開します。

ニューオーリンズに到着してから今日までのことをとりあえずまとめ、以後は日々書いていくか、数日まとめて書くつもり。
それとは別に、イリノイのことで書き残したことなどを「モーテンソン補遺」という無骨なタイトルで思い出したところで書いていこうと思います。

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6月22日(水)

午後2時ころダラス経由でニューオーリンズ空港に着いた。シャンペーン発の便が予定通り飛んでいたら11時には着いてしまっていたので、程よい時間となった。かえってよかったのかもしれない。
降りてからバゲージクレームへと歩いていると、ジャズが流れてきた。さすがニューオーリンズと感心する。

荷物をピックアップし、どうやってホテルまで行こうかと考える。

ガイドブックには市の中心部までタクシーで33ドルとある(固定料金)。
それでもいいが、もう少し安い手段はないかと見まわしてみるとシャトルバスの案内があった。ドライバーらしき人が「乗るか?」というので後払いでよいかと聞くとよいというので、それに従った。

乗客の目的地を順番に回ってくれるのでありがたい。一番最後に乗り込んだせいか、最後の客となった。どこから来たかと聞かれたので日本だと答えると、地震津波が話題となった。ここはよく知られているように2005年にハリケーンカトリーナで大打撃を受けたところだ。自然と関心がそこに向かうのだろう。シャンペーンでも日本から来たというと、誰かれなくこれが話題となった。私はきまって、「地震津波の被害からはこれから復興に向かえばいいが、原子力発電所の事故(Nuclear Power Plant Acccident)は現在も被害が広がっていて深刻だ」と答えることにしていた。遠いところから映像だけで見れは地震津波、とりわけ津波の被害はセンセーショナルだろう。しかし日本の現在の状況でさらに恐ろしいのは、広がり続けている放射能への人々の内部被ばくと、そこからかなり時間がたったところで表れる健康への影響だと思う。

まあ、それは別にまとめて書きたいと思うのでこの辺で。

ホテルに着いた。いくら?と聞くと20ドルだ、というので5ドル上乗せした支払った。料金にはドライバーへの謝礼は含まれていません、という車内の掲示を見たので、少し上乗せしたのだ。シャトルバスのドライバーは大変である。客が降りるところごとに乗客を降ろし(女性であればドアを開けてあげていた)、大きなバッグをいちいち降ろしてあげている。見ているうちにそのサービスに感心してしまい、自然と上乗せしようという気になったのだ。

チェックインを済ませ、部屋に荷物を置いたあと、街を軽く歩いてみる。
今回は来る前に、イリノイであれシカゴであれここであれ、滞在するところについてはいずれもほとんど知識を入れる余裕がなかったので、ここも地理が頭に入っていない。
明日1日はまるまる空いているので、ALAカンファレンスの会場の下見もしながら本格的に歩くことにした。
ホテルのロケーションは、どこへいくにも都合がよいことが、地図とにらめっこをしていると分かってきた。

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6月23日(木)

日本人の感覚でイベントが「6月23日から」と書かれてあったら、だいたいその日の昼くらいに受付が始まると考えるのではないだろうか。
しかし、ALAのカンファレンスはそうではなかった。確かに23日からイベントは予定されているのだけど、それは一部のプレカンファレンスだけのようで、一般参加者のレジストレーションは24日からだった。これは私がうかつだったのかもしれないが、わかりにくいところである。なので、私はシャンペーンについてすぐの頃に、ニューオーリンズへの移動のための飛行機を23日ではなく22日で頼んだのだが、結果からみればその必要はなかったということになる。途中でそのことはわかったのだが、まあ1日早く乗り込んで慣れておこうというというくらいの気持ちでいたのだ。

実際、この1日で市の中心部の主なところは歩いてしまったと思う。
メインストリートであるCanal st, もっとも人が集まるFrench Quarter, ミシシッピ川、「第二次世界大戦記念博物館」(というものがある)など。

この博物館は別名"D-day Museum"といわれるらしい。D-dayは説明するまでもなく、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で、連合国軍がナチスドイツに勝利をおさめる決定的なポイントとなったノルマンディ上陸作戦に踏み切った日を指す。
日本とのいわゆる太平洋戦争についても取り上げられているのだが、最後が原爆投下ということで米国側にある種の後ろめたさがあるのか(とガイドブックには書いてあった)大きくは取り上げられていない。

有名な喫茶店だとガイドブックで知った"Cafe du Monde"の前ではミュージシャン(らしき人)がそこの客に向かってトランペットで演奏をしながら歌を歌っていた。曲はアメイジンググレイスだった(もちろん、ジャズ風)。そうした人たちがそこかしこにいる。ニューオーリンズらしいんだろう、これが。

ここは現在、日が沈む時刻は8時過ぎだ。シャンペーンのような高緯度ではないのだけどその時刻(サマータイムが設定されているのかもしれないが、このサマータイムというのはどうも体感的によくわからないので考えないことにしている)にならないと陽が沈まない。


ホテルに戻り、なんとはなしに過ごし、翌日の開会に備えた。